婚約すると生じる「責任」とは

2018年、冬のオリンピックが始まるというタイミングで、国民が注目する皇室の方の「結婚式を延期する」とのニュースが世間を賑わせています。

メディアでもネットでも実に多様な情報や意見が見られますが、本当のところは当事者と直近の家族にしかわからないでしょう。

そんな中、私のFacebookのタイムラインでいつも投稿を楽しませてもらっている、ある信頼する方のこんなコメントが目を引きました。

基本的に「ふたりのことはほっておいてあげよう」という趣旨のコメントでしたが、その中に、ご自身も婚約したときに「立ち止まって考えたいと思うことが起きたけれど、世間の目や周囲の期待などで立ち止まれなかった」と書かれていました。一般市民の自分ですらそんな状況なのだから、公人であるかの人が延期の選択をするのはどんなにか大変だっただろう…という文脈でした。

この一文を読んで、やはり婚約を発表することで何かが動き出してしまい、その動きを止めることはなかなか難しいのだな…と感じました。

婚約を周囲に発表すると、やはり「入籍はいつの予定?」「結婚式は?」「ハネムーンは?」という話になります。結婚するという行為自体が「ふたりの関係をオフィシャルなものにする」という側面があるので、婚約はその一歩手前ということで、同様に扱われるのでしょう。

婚約を発表したことで、ふたりの関係がふたりだけのものではなくなったと感じる人も多いかもしれません。

でも、婚約を発表して、周りに「そのまま結婚すること」を期待をさせるような立場になったとはいえ、実際に結婚をするのは当人同士なのです。

これから人生をわかちあおうとする人との関係性として、ふたりの間で、あるいはどちらかに「いや待てよ…」という気持ちが生じたとき、まずそれをお互いに言い出せるかどうかは、非常に大事なポイントではないかと思います。

そして、言われた方は「今さらそんなこと…」という言葉をぐっと飲みこんで、周りは関係ない、大事なのはふたりの気持ちだ、と落ち着いて対応できるかどうか。

中には「もう式場に予約金だって払っちゃったしすべて決まっているんだぞ」と言ってしまう人もいるでしょう。実際、この結婚式にまつわるあれこれを題材にしたドラマや映画もたくさんありますよね。

私自身は、婚約することで生じる責任があるとすれば、それは周囲に対する「婚約を発表したから、そのままつつがなく結婚しなければならない」ということでは決してなく、ふたりが結婚に向けて「本当にこの人と人生をわかちあっていけるのか」という点について、真剣に納得いくまで向き合うことではないかと思います。

婚約を白紙に戻すようなことがもしあったとしても、それはふたりが真剣に自分の人生や、パートナーシップに向き合った結果とも言えます。そのタイミングによっては、周囲に迷惑をかけることは避けられないかもしれませんが、そもそも人はお互いに迷惑をかけあって生きているのです。

「もうお金も払っちゃったし、友人や家族が結婚式に来るから」というだけの理由で進んでしまう結婚では、最終的に誰も幸せにならないでしょう。

婚約するまでうまくいっていたのに、発表したとたん周囲の思惑もからんでこじれてきた、ということがもしあったら、ふたりだけの関係に立ち返って考えてみましょう。

プレマリッジ・プロジェクトは、そのお手伝いをする存在になれたらと願っています。